2008年07月24日

どんぐりではなかったかもしれない話

reimenn.jpg
暑い日が続きますね。

近頃どうも体調が優れず、それに暑いので、お昼は冷たい蕎麦でもと
行きつけの蕎麦屋に赴くも「ごめんなさい、お蕎麦終わっちゃって」
と追い返されてしまいました。残念。

すると近くに盛岡冷麺の看板を掲げたお店があったので、そこに入ることに。
歯ごたえのある麺をすすりながら、これってどんぐりの麺なんだぜ、などと
同行のSさんに言ってみたものの、何だか心配になり後で調べてみたら、
必ずしもそうではない模様。あぶねっ!

小麦粉、そば粉、じゃがいも、片栗粉、葛、緑豆、どんぐり・・・と
色んなパターンがあるらしいです。地域によってはどんぐりもあるよ、
といった感じらしく。そもそも盛岡冷麺と韓国冷麺は違うらしく。

つるつる、ぐにぐに。ゴクン。
うん、美味しければ、それでいいのだーー!!!!!


by Y
posted by postino at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 半蔵門だもん。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月11日

「それ以外の部分」から

前回を受けて
写真ナシに意味を持たせてみました。


1. 大胆…かわらなでしこ(河原撫子)
2. 悲しみにくれるあなた…りんどう(竜胆)
3. 追憶…ちゃ(茶)
4. 痛手からの回復…のばら(野薔薇)
5. すてきな装い…くちべにすいせん(口紅水仙)

花と花言葉。ちょっと調べる機会がありまして。
名前くらいは聞いたことがある花もあると思います。

追憶って言われたら
茶の花だってなんだか
意味ありげに見えてきます。

野薔薇なんて贈られたら
なんだか痛々しいです。

くちべに水仙なんて
喋り出すんじゃないかと
思ってしまいます。

すべて花言葉という
「それ以外の部分」からの
自由な、そして非常に個人的な発想ですが

楽しく、面倒くさい「それ以外の部分」

もともと人が何かを考えたり
見たり聞いたり感じたりすることは
「それ以外の部分」から
はじまっているような気がします。

好きだった詩の一節に

花を描こうとして
画家は絵を描いてしまった

というような一行がありましたが
実体を離れてしまえば
何だって誰かのフィルターを通った
「それ以外」がついてきていることを
忘れてはいけないのかもしれません。

写真だって音楽だって言葉だって

だからこそ
根本を見つめるとか
相手の立場を考えることが
大切なのでしょうが…

ちょっと話がずれましたか。

冒頭1〜5番の花、実際に見たことありますか?
見た上でこの花言葉、どうですか?

因みに

6. スポーツ、ゲーム
7. 嫉妬

という花言葉からは
どんな花が見えますか?

 by S


6.小学校の時に水栽培で育てた人もいると思います/ヒヤシンス
7.クリスマスには花屋をにぎわせます/赤いシクラメン
posted by postino at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 想うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月04日

そうなると写真ナシにも意味が・・・


ある花を見て、ふと思った。

きれい!でかい!気持ち悪い! と何でもいいのですが、モノのビジュアル
から何か特別なものを感じたとき、ケイタイのカメラで写したりするのですが、
後で見てみると「なんだかなあ」という時が多くあるんです。
腑に落ちないと言いますか。

あれはきっと、こういうことなんだろうな、と、思った訳です。

実物のセカイでは、私たちの意識は花なら花でそのもの自体しか見ていない、
感じていないことが多くまたそれで十分なのに対し、写真なりスケッチに
なると、背景や光の具合つまり、ターゲット以外の要素を含めファインダーに
納められた全てに意味が発生してしまうのではなかろうかと。

そうなると、いかに解像度が高く、鮮やかな色味を再現された写真でも、
Aという花を写した写真はすでに花ではなく、あくまで「Aという花が写った写真」。
あまりにも当然のことを言っていますが、この違いは大きい訳です。

今日見たある花は大きな百合の花だった訳ですが、とある雑居ビルの前に
植えられていたもので、それは見事に咲き誇っていました。しかし、咄嗟に
写真全体として嬉しいものが撮れる気がせず、カメラを向けることはやめました。

建物のグレー、格子状のフェンスの騒がしい感じ、影、その他もろもろが
ファインダーに割り込んでくることをふまえると、一体どう写せばよいのか、
それが分からなかったからです。

撮ったところで「花は確かにキレイだけど殺風景な写真だね」となり、果ては
“くすんだ街に咲いた一輪の花”などという、撮影者の意図しないニュアンス
すら帯びてしまう可能性もありそうです。
ただ花がキレイだったよ!と言いたいだけなのに。


音楽にも似た話があります。楽器の演奏では音を鳴らすことはもちろん、
鳴らさない状態も「間合い」として意味を持つために、休符も演奏である
というようなことを、よく言います。

会話でもそうですね。沈黙の長短・多少、しぐさ、息遣い・・・
一口に会話といっても言葉の交換以外の表現には、枚挙に暇がありません。
口ほどに物を言ったり、意図しないメッセージばかりが伝わっていたり。。
まったく油断できません。

物事の中心だけでなく、「それ以外の部分」に意識を向けてみると、
世の中のあらゆることは、きっともっともっと楽しく、一方で
こだわりだすと果てしなく面倒くさくなってきそうだなあ…。


長々と失礼しました。
by Y

posted by postino at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ごあいさつ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月01日

ふみつき

Image224.jpg
機能的じゃない魅力

今日から7月
2008年も
今日から後半なのでした。

子どもの頃は
夏休みまで
カウントダウンの7月でしたが
大人な(?)このごろは
そうも言っていられず…

採用関連のお仕事は
これからが
繁忙期だったりもします。

「今年もたくさんのステキなお仕事と出逢えますように」
七夕の短冊に書く気持ちで)

夏休みが短くったって
は誰にでも平等に
やってくるんだった♪
宿題だってないし。

大人は大人しく
いや、大人らしく
を愉しみたいものです。

 by S
posted by postino at 11:24| Comment(14) | TrackBack(0) | ごあいさつ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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