2007年08月11日

恥ずかしながら正直に

taremaku.jpg
こんな標語がみちみち掲げられている。

『人々がゆっくり散歩できる空間を目指しています』
(国土交通省 東京国道事務所 代々木出張所)

彼らは住民に対して何を伝え、何を感じてもらい、
どんなリアクションをとって貰いたかったのだろう。
「わーい、なんだか知らんけども、うれしいなっ♪」
とばかりに、人は安心したり小躍りしたりするのか。

国土交通省 東京国道事務所の活動については、
以下を参照されたい。道に関するいろんなことを
やってらっしゃる組織で、まあこれを見れば
のぼりで言いたかった事は概ね伝わってきた。
いろいろがんばって欲しい。
http://www.ktr.mlit.go.jp/toukoku/

ともあれ、このように、僕という人間はあののぼりに
ひっかかるモノを感じ、サイトで調べ、ブログに記載する
という、一連の情報の動きがここで起きたことは大切。
この組織の活動の紹介と、生活者への地道な啓蒙の
一端がこれまた地道に実を結んだ瞬間なのですから。

そもそもなぜこんなにも国(の組織の行為)に対して、
僕はシニカルな目で見るようになってしまったのだろう。
年のせいか、お里のせいか、はたまた一般市民としての
基礎的な知見に乏しいからなのか。

原因を考えるうちに、僕はこのことが自分自身の
地域・自治体ひいては国政に対する(半ば無自覚な)
無関心さに起因するのではないかという、いやーな
結論にたどり着いてしまいそうになった。うわっ。

好き・嫌いよりもさらに救いようのない無関心。
政治家の一言に目くじら立てて騒ぐのはみっともない
とも思うけど、愛情やこだわりの裏返しだともいえる
じゃないか。一方で、無関心は何も産まない。

ここまでは、建て前。
最後はホンネで締めくくります。

では、興味の湧かぬことに、どうしたら関心を向け
られるだろうか。別段興味のない子を、どうやって
深く愛すことができるだろうか(笑)。
義務のような概念が介在する・しないの別こそあれ、
これらは同じくらいハイレベルな難題だ。ただ一つ
の突破口は、相手の「良い部分」「評価できる部分」
を知る・見つけること。その為には対象を観察し、
接触し、時に言葉を交え、時には人からの評価と照合
して相対的な視点でもって対象を見つめてみる。
まず僕にできる活動は、こんなところだ。

さあ!僕これから暇を見て、いろいろと探しに行き
ますから、どうぞ日本のいい所見せて下さいよ旦那。
旦那って誰だ。多分、国のお金を貰って働く人?
この年齢でこんなこと言ってる時点で恥ずかしいのですけどね。
あえて正直にさらけ出してみました。





by Y



POSTINO HP
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posted by postino at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 半蔵門だもん。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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